「Back and forth 〜フランク・シン In Manhattan〜 K」
 
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ここはマンハッタン。

リバーサイド教会の鐘が鳴る
人種、国籍、宗教さえも問わない
HARLEM と呼ばれるアップタウン

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コーヒーカップから立ち上る香りも感じられない緊迫した空気の中、交渉は暗礁に乗り上げていた。
その時、応接中の部屋のドアが叩かれた。

フランクはMr.グラハムから視線を逸らすことなくわずかに眉を動かすとレオが席を立った。
レオは事務所秘書スーザンの後ろから訝しげに別室へと足を速めた。
「どういうことなんだ」
「申し訳ありません。よくわからないんです。息子フランク・シンに至急代わってほしいと繰り返されておられるので」 
レオはスーザンが困ったように差し出す受話器を握った。

『あ、はい。存じ上げております。私はフランクと一緒に仕事をしている弁護士のレオナルド・パクといいます。はい・・ですが・・・いえ、わかりました』

レオは急いで応接室に戻るとフランクに耳打ちをした。
「エレンが!」
フランクの口を突いて出た名前はグラハムとの均衡をやぶった。
「商談中に女の名前を出してくるとはいかがなものかな」

「いえ、そういう訳では」
慌てて訂正しようとするレオをフランクが軽く制した。

「この件についてはご期待に添えると思います。しかしこれ以上の条件の譲歩はありません」
「Mr.シン こうして私が直々に出向いているわけをお考えかな」
「ええ、直接お話が出来光栄に思いますが、これはビジネスです」
フランクの目の奥のかすかな揺らぎはグラハムの大きなため息を引き出した。
「どうも君のボスは仕事どころじゃなさそうだ」
グラハムはフランクを一睨みすると「こちらも考えさせてもらうよ」とレオに静かに言った。
それまでグラハムの隣に控えていた弁護士が口を開いた。
「Mr.シンもまだお若い、女性に心を奪われてもおかしくはないですが・・私も興味がありますね。私どもとの仕事より魅力的なエレンさんとやらに」
「君達は好機を逃した。所詮噂だけだったのかな」
ふたりは軽く笑いながら部屋を出て行った。



フランクは眉間に指を押し当てため息をつくと、心配げなレオの顔がフランクに向けられた。
「どうする? すぐ病院に向うか?」
「レオは警察から事情を聴いておいてくれ、何かあったら費用は俺が持つ」
「病院へ行くんだな?」
「ああ」
コートに手を掛けたフランクにレオは言った。
「フランク、いいかげんに両親に連絡先をきちんと伝えておけ」
「俺に説教か」
「・・・・ここに連絡取るまでご苦労なさったみたいだ」
レオの声に振り返りもせずフランクはドアを閉めた。

リアシートに身を沈めるとフランクは息を大きく吐き出し携帯電話を取り出した。
「お久しぶりです、これからエレンが運ばれた病院へ向います」
抑揚を持たない言葉がフランクの口から紡ぎだされた。

「フランクね、フランク・・・ よかった。父さんと連絡が付いたのね。父さんがエレンを迎えにN.Yへ向かったわ」
「詳しくはまた連絡します」
受話器から耳を離したフランクに電話の向こうからの声が小さく届いた。
「・・・・・・父さんに会って、フランク」



「エレン・ミラーはどこにいますか・・・・・・兄です」

フランクが10才でアメリカの養父母の所に来たとき、そこにはもうひとり3才の養女がいた。
生まれてすぐに引き取られたエレンは、その環境に違和感を抱くことなくのびやかに育っていた。
幼いエレンは何をするにもどこへ行くにもフランクの後を追いかけていた。
フランクもエレンといるときだけは子どもらしい笑顔を見せることがあった。
しかし、17才でボストンに出てからエレンとの接触も絶っていた。

「フランク・・フランクなの?」
わずかに頷くフランクを見、エレンは病院であることも忘れ大きな声を出した。
「やっと会えた! フランク!」
「・・ああ、エレン。大きくなったな」
「もう、子ども扱いしないでよね・・・・フランクもかっこよくなってる」
緊急診療室のベッドから起きあがったエレンはフランクのよく知っていた幼い少女ではなかった。
「痛むのか?」
むき出しの左の肩に巻かれた固定用のテープを見ながらフランクは言った。
「すこしね」

「・・・・なんであんな所に行ったんだ」
「いちご白書が好きなの」
「・・・・それでコロンビア大か。だからといってハーレムをうろつくことはないはずだ」
「だって、街の落書きに見とれて歩いていたらいつの間にか迷い込んじゃったんだもの」
「ひとつ間違えばどうなっていたと思うんだ」
「もういいでしょ、こうして助かったんだし、フランクに再会できたんだもん、幸運の女神さまが微笑んでくれたのよ」
「エレン、父さんがこっちに向かってる」
エレンの身体がビクッと揺れた。
「・・エレン・・もしかして黙って来たのか」
エレンが大きく頷いた。


「・・・ボス、いいか」
「レオ、警察はどうだった」
「どうもこうもあっちの方が怪我が大きい。正当防衛にしてはやりすぎだって。なんて気の強いお嬢さんなんだか。過剰防衛だって息巻いていたぞ」

口を尖らせたエレンの頬は赤く染まった。
「フランクの言う通りにやったのよ、ほら教えてくれたじゃない、痴漢の撃退法」
エレンは身振りを付け説明しようとしたが、肩の傷みに呻き声を上げるとちょろと舌を出した。
フランクの口元に微笑みが浮かんだ。

フランクから目を外したレオが下を向いて笑いを堪えていた。
「オーケー、あっちの方は俺に任せてもらおう」
「・・・・悪いなレオ」
レオの目が細められた「ほぉー珍しいこともあるんだな」

一通りの処置が終わるとエレンを連れ病院を後にした。


「ここで停めてくれ、ちょっと待ってろ」

わずかな時間で車に戻ってきたフランクはエレンの膝に紙袋を乗せた。
「いくら何でもその格好じゃ歩けないだろう、セーターとコートが入ってる」
エレンは改めて自分の格好に目を向けた。
「本当だ。ありがとうフランク、開けてみていい?」
「オフィスに着いたら着替えたらいい」
「アパートメントじゃないの?」
「・・・・ああ」



フランクはエレンを抱えるようにゆっくり歩きオフィスのドアを開けると事務所スタッフが一瞬息を呑んだ。

「スーザン、もうすぐ来客がある。来たらすぐに通してくれ」

通された部屋をぐるっと見渡したエレンは緊張した面持ちでフランクを見上げた。
「フランク、私、帰らないといけない?」
「遊びに来たかったらきちんと話してから来なさい」
「だって、フランクは手紙を書いたっていつも返事もくれないじゃない。それに電話番号も教えてくれない。カードとプレゼントはちゃんと届くのに・・・・・ママなんてそれを見てこっそりため息よ、見ちゃったんだから。フランクがいなくなって・・プレゼントやカードが届くたびに・・・・・・」
エレンの声が次第に涙で消えていった。
「・・・・・」
「どうしてなの?ねぇフランク・・」
「・・・・エレン着替えてしまいなさい」
「・・・・フランク・・」


しばらくするとドアがノックされた。
「おいでになりました」
フランクはいつもとは異なる緊張が身体を走るのを自覚した。

「世話をかけてすまなかったなフランク」
「いえ・・・」

沈黙と芳醇なコーヒーの香りが部屋を支配した。

「エレン、ママが心配してる」
「ごめんなさい、パパ。怒ってる?」
「それは家に帰ってからだ。申し訳ないフランク今晩中に帰りたいんだ」
「・・・・ええ、わかります」
「フランク、いつも心に掛けてくれていてありがとう。お前からの贈り物は大切に使ってるよ」
「お養父さん・・・・・」

部屋を出てエレベーター乗った。
ビルのそばに停められた車に向かって3人は歩き出した。

エレンが立ち止まり、フランクの首に両手を廻して抱きついた。
「・・・・フランク・・・お兄さん・・・一緒に帰ろう」
「エレン・・・」
「だめなの?」
首に廻された手をフランクはそっと外した。エレンがフランクの頬にキスをした。
「また来てもいい?」
「・・ああ」
エレンの額にフランクの唇が掠った。


「さあ帰ろうエレン」
バックミラーに映るフランクの姿が次第に小さくなった。
「・・・・エレン、フランクを探していたんだろう」
「パパ、知ってたの」
「無鉄砲すぎる、オフィスだってこの前移ったばかりなんだぞ」
「だって、逢いたかったんだもん。フランクはあこがれだもの、私、兄さんみたいに独立したいし、もっと相談にも乗ってほしいし、友達に自慢だってしたいわ」
「エレン、何度も話したじゃないか。フランクは私たち家族を忘れたわけじゃないんだ。神がフランクに背負わせたものが少し大きかったんだ、一緒に・・・・一緒にうまく担いであげられなかった父さんの力不足なんだ」
「だって」
「それでも、自分の力で歩き続けるフランクは私の誇りだ」
「でも」
「ああ・・・でもまだフランクには無理のようだ。いつかきっとわかってくれる、お前の気持ちを」
「ねえ、パパ。フランクに恋人がいると思う?」
「どうかな」
「このコートとセーターを買ってくるのにもの凄くなれていたみたいなの・・・・いつか帰ってくるのかしら」
「きっと・・・・ただいまと言ってね」
「あ〜あ、私は帰ったらママに叱られるのか」
「あまり心配を掛けるんじゃない」
「ママにはフランクのことなんて言うの?」
「元気にしていたと・・」



遠ざかる車を見送りながら養父がささやいた言葉を思い出していた。

「自分で納得がいったら一度帰って来なさい」

― いつかそんな日が来るのだろうか ―



いつの間にかそばに立っていたレオに言った。
「今日はすまなかった。Mr.グラハムにアポイントを、社長ではなく会長のほうヘだ。今度はこちらから出向く」
フランクの肩にポンと手を置いてレオがビルの中に入っていった。



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過去に囚われまいと、思い出には振り向かない。
前へ前へ
ただがむしゃらに
立ち止まったとき何が残っているのか
フランクの背中が微かに揺れる
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